4.民俗としての樒(1)
樒の字は木へんに密と書きます。これは真言宗など密教が盛んに作法に使用したことからこの字を書くようになったと言われています。もう一つ樒には木へんに佛と書く「梻」の字を当てる場合があります。これは神道で使用される植物「榊(さかき)」と区別するために木へんに「神」と「佛」に分ける表記を用いたものと思われます。なぜ分ける必要があったのでしょう。そのヒントとなる文章が民俗学者である五来重(ごらいしげる:1908-1993)の著書「葬と供養」の中に出てきます。源氏物語の「賢木(さかき)」は樒のことを指しており、平安中期ころまでは樒も「さかき」と呼ばれていたと言うのです。作中「少女子があたりと思へば榊葉の香りをなつかしみとめてこそ折れ」との和歌がありますが、この「香り」は樒であることを意味するとの考えです。
榊や樒をはじめ、木斛(もっこく)、モチノキなど常磐木(ときわぎ)と呼ばれる常緑樹のなかでも、繁殖力が強く、成長が早く、葉持ちの良い植物は「栄木(さかえぎ)」の総称で呼ばれていたようです。さらに五来は巨大古墳を二重三重に囲むように出土する円筒型埴輪は、これらの常磐木を供えるための花立であると解説しています。栄木(さかえぎ)の言葉どおり来世や輪廻の観念が無かったころから死後の繁栄を願ったのか、もしくは常しえの命を思い死者の再生を祈ったと推測されます。これらのことから栄木の中でも香高いこの植物を「樒」「梻」として区分し、空海が密教を伝えて以降、仏教は盛んに作法や祭礼行事に使用するようになります。
平安末期の今昔物語集に「梻(しきみ)を立て廻らかして注連(しりくえ=しめなわ)をひきて…」という文章が出てくるそうです。注連縄ひいているので樒は「玉垣」に使われていたことがうかがえます。仏教で言えば「結界」となりますが、この場合は神道の「神籬(ひもろぎ)」と考えたほうが自然です。もちろんこの時代ですから神仏習合の行事は多数あったと思われますが、巨木や巨岩などを御神体として囲んだり、神社全体をこの玉垣で囲んで神域との境界線を表しています。神聖な場所を区分けするのみならず、場を清める意味も含まれます。この後、主に仏教で樒を重用したために神道系の行事では使われなくなり、徐々に区分けが進んでいったものと推測されます。私の居住している地区では、正月の注連飾りに紙垂(しで)の他に木斛、柊、ユズリハ等の常磐木を挿して飾ります。古くは樒も同じように扱われていただろうと想像できます。


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