樒(しきみ)について ③

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4.民俗としての樒(2)

●魔除けとして

 2.の項で樒には毒があると解説しましたが、毒(薬効)と芳香の強さを持ち合わせる樒の効力を利用して、野生動物から作物を守るため田畑と里山との境に生垣のごとく植えられていました。身近なところではお墓の廻りを囲むように樒が植えられていたことはよく耳にします。手折ってすぐにお供えするためとも言われていますが、村墓地をグルッと囲むほど植えられていたことを考えると、お供え物が荒らされないためなのか、もしくは土葬された遺体を守るためとの説のほうが有力と思われます。イノシシやシカ、サルなどの野生動物たちが、毒があるからなのか、強い芳香を嫌うのかは分りませんが、一定の効果があったものと思われます。また前出の「仏典の植物事典」には戦前、戦中に防火用水などの飲用以外の水槽に、葉や枝を折って入れておきボウフラの発生を防いでいたとの記述があります。筆者は水を腐りにくくするためと聞いていましたが、どちらにしても浄化作用としても用いられていました。こうした害を防ぐという実用的な使用方法から「魔除け」や「邪気祓い」の呪術的な使用に用いられるようになったことは容易に推察できます。甕棺や木棺の中に樒を敷いて遺体を納棺していたとの記述も見かけますが、この場合は魔除けや浄めというより強い香気により腐敗臭を和らげる目的で使用されたと考えられます。

●依代(よりしろ)として

 吉川弘文館から出版されている民俗小事典「死と葬送」の樒の項目の中に、前出の今昔物語集「樒を立て廻らかして注連をひきて」の一文を引用して次の解説がなされています。「榊と同様の役割も果たすということである。つまり、本来は樒も榊や柴同様に、祭場を明示し、清浄に保つための印であり、神霊の依代であるともいえるのである。(解説:久保田裕道)」このことから神籬(ひもろぎ)としてだけでなく、榊の重要な役割である依代としても樒が同様に使用されていたと解釈されています。しかしながら実際に枕経を唱えに来た僧侶が、枕飾りの一本樒を「依代」として扱うような作法や行為を目撃したことがなく、葬儀の枕飾りにおける一本樒(花)において依代との関連性があるのか調べていたところ次の書籍に短い文章を見つけました。「葬儀実践全書(村越英裕著:興山舎)」には「一本花の多くは樒を用います。一本である理由は二度と不幸がないようにという意味です。一膳飯と同様、魂が宿るところ(依代)という意味もあります。」と記述されています。著者の村越英裕師は臨済宗妙心寺派の住職で、禅宗だけでなく仏教全般について精力的に執筆を行っている方です。霊魂の依代となると枕飾りの中でも重要な役割を果たしていることになりますが、仏教の作法というより、やはり民俗学的に考えたほうが分かりやすいようです。依代としての意味合いに近いものと考えられるものでは「日本民俗地図」に「ノデンボ、ノデ棒」等と呼称される白膠木(ぬるで)の木を杖にしたものなど幾例かの記載が認められますが、樒(類するものを含む)に関しては、「日本民俗地図 Ⅳ:葬制・墓制」だけでなく、他巻の関連記述をさらに深く細部にわたり調べてみる必要があるようです。

●供物として

 民俗学者の五来重は著書「葬と供養」の中で、香奠(典)の「香」は樒そのものを指すと書いています。「奠」とは酒樽(酋)を台に乗せるという意味の文字で、神仏に供物をささげることを表しています。さらに「仏教伝来以前から日本人はあの“香り高き常磐木(樒を指しています)”の枝を墓に挿し立てていたと推定される。」と指摘し、古代の風葬死体を樒の枝で囲んだり覆ってしまうことを「青山型殯(あおやまがたもがり)」と名付けています。これは高野山周辺にて埋葬墓上に会葬者が樒を立てて盛土を覆い、さながら青山のようにする風習が近年まで行われていたことに起因します。また、この著書の中で青山型殯と同様に神葬祭では榊を元々は墓上に挿していたと思われ、この行為が玉串奉奠の起源であり神籬の原型がこのようなところに見られると推察しています。繁殖力が強く、常緑植物である樒や榊が「栄木(さかえぎ)、常磐木(ときわぎ)」と呼ばれて古墳に供えられたであろうことは前出の通りです。花であり、薬であり、香であり、そして依代でもあるこの植物を、祈りや願いと共に捧げ供えることは、重要儀礼には欠かせない心を表す作法であったに違いありません。

終章:花瓶の水について二つの考え方

 枕飾りの具足の花瓶に一本樒を供える場合、「水を入れてはならない」という考え方と「水を入れなければならない」という二つの考え方があります。前者は主に禅宗系の考え方と思われます。実際筆者は曹洞宗の住職より「水を入れずにできるだけ早く枯れさせたり、腐らせたりして樒の薬効や芳香を強く引き出すため」と伺ったことがあります。後者は「香水(こうずい)」を盛るためとの考え方に起因します。真言宗の権教師以上に購入が許される「真言宗の事作法」の壇上荘厳に次のような記述があります。「華瓶(けびょう):これに花を挿しますが俗にいう花立ではありません。教軌によるとインドでは香水を盛るための容器で、その香水が蒸発するのを防ぐために花で蓋をし、併せて瓶の飾りとしました。時花もしくは樒の枝花を挿します。」この華瓶とは枕飾りの三具足の花立を指した説明ではありませんが、香水と樒の関連性を考えた場合、この考え方を当てはめた事には合点が行きます。この二つの考え方はどちらが正しいということではなく、宗旨、宗派によって柔軟に対応していくべき事でしょう。さらに同じ宗派でも宗教者によって考え方が相違するのはご存知の通りです。宗教者に従いつつ、知識として頭の片隅に置いて使い分けていただければと思います。

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