1.本来の仏花は樒
お花屋さんやスーパーの店頭に仏花として菊を中心にした5本程度の小さな花束を見かけますが、仏壇にお供えする花瓶に生けるための生花を指しています。しかしながら日本仏教において「仏花」とは樒のことです。しかも樒の花ではなく枝や葉など樒そのものを指します。特に真言宗では弘法大師が密教の作法で青蓮華に見立て使用したことから、仏器に樒の葉を5枚を蓮華の花びらのように飾ります。また護摩を焚くときにも房花として用います。私が高野山で修行していた時に柄香炉の代わりに使用する樒のことを教官僧の方々が「御花(おはな)」と呼んでいました。枕飾りで使用される一本樒が「一本花(いっぽんばな)」と呼ばれる所以です。葉を折ると芳香を発するため、他の類似植物とすぐに見分けることができます。この葉と樹皮を粉にすることで仏教行事に欠かせない抹香が作られます。
2.日本自生の植物
樒は古来より日本に自生していたと思われます。「仏典の植物辞典(満久崇麿著)」には日本原産とも書かれています。以前はモクレン科に分類されていましたが、現在はシキミ科シキミ属とされています。ウィキペディアではマツブサ科と紹介されていますが、別科に分類される場合ありと表記されています。常緑の小高木で東北南部より沖縄まで分布しており、一部中国にも分布するようです。木全体に毒があり、特に果実は猛毒で劇物に指定されています。中国には近縁のトウシキミが広く分布していますが、こちらは毒性がなく「八角(はっかく)・大茴香(だいういきょう)」とよばれスパイスとして中華料理には欠かせぬ食材ですが、仏教を含め宗教行事には用いられません。名前の由来には「四季美(一年を通して緑の葉を付ける)」や「(有毒のため)悪しき実」から来ている説が有力です。
3.鑑真和上伝来の木樒とは
仏教用語の辞典など「樒」の項目に必ずと言ってよいほど、インドから中国に渡ったものを唐の鑑真和上が日本にもたらしたと「真俗仏事編(1728年)」に記載されている解説がなされています。これは「木樒(もくみつ)」のことで樒の字がおなじことから混同されたものと思われます。日本の樒は実際インドには分布しておらず、インド・中国とも仏教で樒を用いることはありません。鑑真和上が伝えた「木樒」とはサンスクリット語でデヴァダルと呼ばれる「ヒマラヤ杉」のことです。漢訳仏典の「法華義疏」に「形栴檀に似て微かに香気あり」「栴檀、および沈水、木樒その他の材で仏廟を起つ」との説明されていますが、インドでは建築などの用材樹として使用されており、仏廟を建てるには適していると言えます。逆に日本の樒は仏廟を建築できるほど大木ではありません。混合されたもう一つの理由に鑑真和上が木樒を水に入れて作法に使用した「香水(こうずい)」があります。漢訳仏典で「木樒すなわち天目香樹」と説明されていますが天目香樹とは葉の形や付き方がヒマラヤ杉によく似ている「ネズミサシ」のことです。ネズミサシは別名を和白檀と呼ばれるほどに独特の芳香があります。真言宗の作法で実際に使用される香水は白檀・沈香・丁子の三種の香木を粉末にして浄水に入れたものです。鑑真和上が白檀の代用で木樒を使用したのか、白檀を使用しているのにネズミサシと間違われ木樒と記されたのかは不明ですが、日本の樒を使用することはなかったと思われます。しかし現在では樒の葉を水に入れたものも香水と呼ばれており、前出の仏教作法で使用される本来の香水に使用される三種の香木を揃えることができずに略式代用されたと考えられ、さらに混同を深めることになりました。そのためかウィキペディアの「香水(仏教)」の欄には『樒という照葉樹の一枝を刺すことによって水が香水となることを、鑑真によって伝えられた。』と記されており「樒」と「木樒」と「天目香樹」が三つ巴で混同されているようです。

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